傘の外

今日も推しさんがすき

観察対象、わたし

久しぶりの更新になってしまいました。

急に一気に気温が下がりましたが、私は適当な服が無さ過ぎて寒さに震えています…(気づいたら日常生活で着ると確実に浮いてしまう現場で着るぶりっとした服しかクローゼットになくて詰んでいる)

前回の記事を読んでくださった方、スター付けてくださった方ありがとうございます!

ただのよわよわ新規おたくが、気持ちを整理したくて吐き出すように書き走った文章でしたが、共感して頂けて、とても嬉しかったです。

 

前回の記事を書いてから、友達に誘われ某KA〇〇TUNさんの四年ぶりのツアーにお邪魔したり、推しさんが出る朗読劇があったり、大学のテストにはちゃめちゃに追われたり、いろいろありました。10月まじで一瞬すぎて怖い。

推しさんのリリイベ外れてから今世紀最大に病んだ9月と10月を過ごしたわけですが、(寝る前毎日泣いてたし一回過呼吸ぽくなってここまで思い詰める自分がキモくてさらに病む)なんだか今は気持ち穏やかです。

ただただ推しさんが愛おしくて大好きで仕方ないです。辛くてしばらく聞けなかった推しさんの曲も、ラジオも過去作品も、フラットな気持ちで聴いている自分がいる。

時間が解決してくれるって本当にそう。

 

元来私は思い詰め過ぎてしまう性格というかすぐ被害妄想に走る質なんだろうなと思います。

推しさんの現場で見せる表情ひとつ、とくに目が合ったとき(これもきっと甚だしい勘違い)に推しさんの顔があんまり楽しくなさそうだったり、真顔だったりすると、

すぐ脳内変換で、あ、わたしオキラなんだ、とか、不快にさせる嫌な表情してたのかなとか気になって気になって仕方なくなってその後のイベントの記憶がぼんやりしてしまいます。そしてその後悔が数週間続いたりもします。

推しさんのSNSでの発言や、イベ終わりのたくさんのおたくに向けて発信した推しさんの言葉ひとつとっても、わたしは推しさんが言葉を届けたい対象の集団にふくまれてないんだろうな、こんな面倒くさいキモいおたくだし、きっと…とか。

このネガティブな感情はどこから来るのだろう。と、ずっと考えていました。

私の場合、まずひとつに来るのが自分が新規だっていう後ろめたさと、推しさんばかりにとらわれ過ぎているってことなのかなって、いろいろ考えたあげく、そう結論づけてみることにしたんです。

推しさんを長く応援している人は、やっぱり問答無用でつよい。

それが年に1,2回しかイベントに行かないようなゆるいおたくだったとしても、やっぱり私の知らない頃の推しさんをリアルタイムで知ってる、感じられてるってつよいなぁって思ってしまいます。

私は現場に行くようになってやっと二年のド新規だけれど、その間のイベントはほとんど足を運んで、お金も学生なりに、たくさんおとしてきました。

それでも、やっぱり歴長いってつよい。後ろめたさが消えないのは、根本にこの考えがあるからなんだろうって思います。この思考とうまく付き合っていくのが、今後の自分の課題かも…

あともう一つの、推しさんばかりにとらわれ過ぎてるってこと。

わたしは、はちゃめちゃに単推しです。若くて顔がいい俳優や良い声の声優はたくさんたくさんいるのに、ときめくのは泣いてしまうほど思考を占めるのは、おじさんな推しさんただ一人なんです。

昨今ではDDが嫌われて、単推しは素晴らしい!って風潮が推されてますが、わたしは、一概にそうはいえないんじゃないかと思います(もちろん普段お金はおとさないくせに接近だけ勇んで来るおたくは消えろって思う)。

わたしにとって、単推しは、楽しくてつらくて苦しくて、努力の上になりたつもの。推しのことで病んだとしても、逃げる場所がない。1人の人をずっとずっと四六時中好きで、何年間も推しがいちばんでい続けることなんて、相当な好きの努力を続けないと無理だと思います。

わたしの友達はいわゆるDDです。彼女は若俳おたですが、事務所ごと推しているし、じゃ〇ーずにも詳しいしコンサートは行くし、二次元コンテンツも追いかけています。宝塚も観に行くし、気になった舞台は推しが出ている出ていないにかかわらず観に行くそうです。それぞれの界隈に推しがいます。

彼女の話を聞いているのはとても楽しい。いつも趣味のことを語るときは幸せそうです。わたしは、そんな彼女を見ていてDDのくせに、なんて微塵も思いません。

いつも楽しそうで羨ましくてかわいい。彼女を見ているとほっこりします。趣味って本来こういうものなんだろうなぁ…悩むわけがないし、じぶんのペースで好きなときに好きなものを摂取する。ましてや病むだなんて本末転倒。

はじめに書いたKA〇〇〇UNのコンサートに誘ってくれたのも、この子でした。

それはそれは楽しくて、きらきらして、夢みたいに素晴らしいコンサートだった。好き勝手にアイドルに沸いて、ペンライトふって、歌をくちずさんで。推しさんが全く交わることのない別の世界で、あんなに笑ったのいつぶりだろう。推しさんが思考をまったくよぎらない3時間なんて、ほんとうにいつぶりだったんだろう。

けれど、夢みたいなコンサートが終わったあと、友達と別れ、ひとりで電車に揺られていたわたしは、皮肉なことに、推しさんに会いたくてたまらなくなっていた。

電車の窓に映った自分の泣きそうな顔を見たその瞬間、ああ、わたしやっぱり推しさんのことが本当にすきなんだなぁ…って、初めて心から、そう思えたんです。

そのきっかけをくれた友達にはすごく感謝しています。

やっぱり、わたし単推しにしかなれないのかもしれない。でも、推しさん以外のことを考える時間も、すこしずつ増やしていこうって思いました。

このふたつの思考に気づいてから、しんどさが随分減りました。

もうすぐある推しさんのライブすっごく楽しみなんです。うん、これはいい傾向。

席はくそですが、これを機にずっと買い直そうと思っていた双眼鏡を買い直して(すっごく軽い!見やすい!最近の双眼鏡ってこんな可愛いお値段で優秀なんですね…)

野鳥の会する自分を想像して笑ってます。推しさんのダンスじっくり見るぞ…!

健康的に推しさんを応援するために、楽しくおたくするために、推しさんをだいすきでいるために、じぶんの観察をこれからもがんばって続けます。

 

 

 

一番不毛な推し方をしてる今

 

私の推しさんは既婚者です。

もう結婚して随分長いこと経っています。10年以上は経っていると思う。

推しさんを追いかけ始めた頃のことを思い出すと、結婚している事実なんて全くもってどうでもよかったんです。プライベートなことをあまり話さない人だから、ってのも今思えば一因としてあったのかな…と思います。

 

私は、まだ推しさんを追いかけはじめて2年と少ししか経っていません。推しさんのキャリアからして見れば、「新規」もいいとこ。ドが100個ぐらいつくド新規です。

今思い返せば、好きになって初めの1年間はとても純粋に推し活を楽しんでいたように思います。推しさんの出ているアニメ、吹替え、ゲーム、アーティスト活動、ラジオ、その全てを追い掛けることに必死で、現場は足を運べばどれもとても楽しくて嫌なことを忘れられました。

 

けれど、現場に行く回数を重ねれば重ねるほど、自分にとっての現場に行く目的が少し歪曲しはじめていたように思います。

以前は、推しさんがステージに立って楽しそうに笑ったり、パフォーマンスを見られれば十分すぎるほど満足していました。

けれど、推し始めて1年と少し経った頃から、推しに自分の姿を見て欲しい、あわよくば覚えてもらいたい、ファンサしてほしい、同担に構っているところなんて見たくない…そんな感情が知らないうちに生まれていました。多分、よく言われている「見られたい欲」が「見たい欲」を上回って来たのがこのころなのかな…なんて思います。

現場に行っても、その瞬間は楽しいけれど、終わった後が悲惨。ひどいときは、公演中にリアルタイムで病んだりして、その後が心の底から楽しめなくなって、キンブレを振る手に力が入らなくなったりしました。

なんでこっちを見てくれないんだろう。構ってくれないんだろう。私がブスだから?芋っぽいから?新規だから?見慣れない顔だから?

夜行バスを待つ喧騒の中で、マスクの下の顔は涙でぐちゃぐちゃ。病んで病みまくり。楽しかったのに楽しくない。そんなモヤモヤとした気持ちで現場から帰宅することがだんだんと増えていきました。

滅多にない接近イベントでは緊張のあまり訳の分からないことを口走って上手くやり取りができなくて病み、(これは私がコミュ障すぎたのもありますが…)推しさんを戸惑わせてしまったり、同担との楽しそうなやり取りを目の当たりにしてますます病み、(順番を待っている間に目に入ってしまう)…と、もうわけがわからない。

それに、今までで一番積んだ接近イベントに外れたのも、病むのに追い打ちをかけた原因だと思います。なんで積んだ私が行けなくて、1枚しか買ってないノリで応募したDDが当たるの。結果を知ってから2週間はごはんが喉を通らなかったし、心が死んだというか、感情がなかったです。

こういうことが続いたのもあって、最近へこむことが多いです。

 

幸せになりに現場に行っているのに、なんで病んで帰ってるんだろう。こんなファンがいるなんて、推しさんが知ったら残念に思って悲しむんだろうな。気持ち悪がるんだろうな…

それでもやっぱり推しさんのことは好きだし、SNSで推しさんの画像があがれば、すごくどきどきするし、チケットが発売されれば迷わずとってしまうし、移動手段も確保してしまう。寝る前は、推しさんのことを想って泣いてしまう。

このもやもやした気持ちは何なんだろう、とずっと曖昧な日々を過ごしていました。

 

元々はてブが好きで、たまにいろんな方のブログを覗かせてもらっていた私は、ある日、あるエントリーを読んで、唐突に、自分が「リアコ」であると知りました。

綴られる文章のなにもかもが今の私の心理状態と一緒で、同意が止まらなくて涙が溢れていました。推しを精一杯応援して、いつも可愛くいようと努力家で、推しに対して真摯で一生懸命な人たちばかりで、それはそれは、私にしてみたら本当にかわいくて、きらきらしてて、砂糖菓子みたいな世界でした。

でも…やっぱり違う。ブログ主さんたちの推しさんの大半は、独身の俳優さんや声優さん。

私の推しさんは冒頭に書いた通り、既婚者です。

既婚者に「リアコ」なんて… 

別に、推しさんとどうこうなりたいとかじゃないんです。ただ、好きになったころみたいに、推しさんと会える時間を、少しでも前みたいに楽しめるようになりたいです。

素直な気持ちで、推しさんを好きでいたい。

心に余裕が欲しい。大人になりたいです。

まとまりのない文章ですみません。ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。

このブログで少しでも吐き出して、少しでもモヤモヤが軽くなったりしたらいいな。